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日本を影で支えている金融制度

Byadmin

12月 6, 2020

今から約150年前、明治維新が始まり、廃藩置県が行われました。それぞれの城主が藩を持ち、それぞれの藩主が独自の予算を持って、統治していました。明治時代になり、中央集権化により、首都東京にすべての機能が集約されるようになりました。武士の世界から、皇室へ権限移譲そして、民主主義を推し進め、近代国家を目指した歴史は、周知のとおりです。

さて、明治維新の歴史を考えるときに、若い下級武士が集まり、日本を作り変えたように歴史的には、言われていますが、なにもない若者を支援した勢力がいたことは、事実です。何の権限も財力もない人が、日本の国を動かすような変革をもたらすことができなかったと言えるでしょう。

また、歴史的には、語られない事実も存在していたことでしょう。

その歴史のロマンが実は、この資金の制度にも関係してくるのです。

日本の明治維新の開国とそれを支援した外国勢力は、英国の存在が大きかったのです。英国における東洋の植民地化が進んでいました。江戸時代末期には、日本にも開国を迫る外圧が迫ってきました。ある意味、日本は、外国からの圧力と対抗するよりも、一気に民主化、資本主義化を推進したほうが、国家のためと判断したと言えます。幕府は、戦うより、時代の転換を進めて、日本を守ることを考えたほうが良かったのでしょう。

ある意味、開国を迫ってきた英国との関係を強化することで、幕府は、できる限り血を流さず、見た目は、倒幕され、その後の新政府に意向していったと考えられます。ここで、日本国内で倒幕派の武士と、幕府軍が、最後まで戦い、日本国内での内戦が長期化すれば、お互いの体力を消耗してしまえば、完全に次は、外国の軍隊の植民地化は、容易に実現できるようになったでしょう。

逆に言えば、日本に開国を求めている理由は、日本にある資源が目的であったことは、明らかでした。それは、金銀などの貴金属です。日本は、世界的に有名な金山があり、金の小判を通貨として流通させている国でした。そのために、金本位制度によって、通貨を発行している当時の産業革命を起こし、世界金融をリードしいた英国にとっては、日本のゴールドなどの貴金属は、非常に魅力的な存在でした。

貿易決済を行うには、銀行券(兌換券)の裏付けになる金が必要になり、金が不足すれば、貿易決済額が増えてくれば、その取引業に対して、資金量が足らなくなってきます。よって、ゴールドを大量に保有することが銀行家にとっては、非常に重要になりました。すなわち、日本のゴールドを英国の銀行に預けてほしいというのが、一番の願いだったということは、容易に理解できるのではないでしょうか?

すなわち、日本が、明治維新後、日本は英国に学び、英国式の資本主義社会、近代国家を目指したのかは、その裏には、日本が英国金融を支えた金(ゴールド)があったからだと言えると思います。日英同盟、なぜ、東洋の島国が、当時の大英帝国と同盟を結ぶことができたのか?すべては、江戸幕府がもっていたゴールドが関係してきます。すなわち、日本が英国金融を支えた出資国であったことが言えます。それが、英国金融は、世界の金融の基礎を作り上げました。現在における世界の中央銀行ネットワークのです。すなわち、日本(江戸幕府)が出資したゴールドが英国金融における約60%の出資率があったと言われています。

実は、この部分が重要な話になります。皇室の資金など、この制度を説明をしていますが、この資金のことを別名、橘資金という名称で呼ばれ、過去に190人以上の製造、基幹産業企業の経営者に資金提供をしてきた話は、本ブログで説明をしています。

その資金の元になる財源は、日本の接収財産であると説明をしていますが、日本には、海外に出していた資産があったということになります。1941年 日本が連合国と海戦し、その後日本の海外資産は、英米によって凍結されました。すなわち、日本には、巨額な海外資産が海外の銀行にあったことになります。それが、英国に出した日本のゴールドということになります。すなわち、もとを正せば、江戸時代から関係していた幕府の私財ということが言えます。皇室の資金といわれるのは、旧幕府関係者と皇室は婚姻関係によって、皇族、華族になっていったために、皇室の資金という位置付けになっています。明治維新で簡単に倒幕され、明治維新により英国に学び急激な民主化、産業国家を目指すことができたのかは、英国金融からの要求を受け入れて、英国金融に出資したことが関係していると考えて違いないでしょう。

この資金のなぞについては、英国金融を支える財源を提供した幕府私財により、英国金融によって運用された資金を日本の資本主義経済の発展のため、産業育成のために資金提供されている案件であると言えば、もっと理解ができるのではないでしょうか?

表向きには、日本が第二次世界大戦に敗戦したことで、連合軍が接収した日本のゴールドを運用した資金を提供しているという話ですが、その部分だけ見れば、間違いではないですが、歴史をさかのぼっていけば、この制度のスタートになったきっかけは、江戸幕府から明治時代への移行期に起きた出来事がきっかけになっており、日本が植民地化されずに、明治維新によって、急激に資本主義経済に転換できたことに関係しています。

ある意味、日本は西洋から江戸末期、第二次世界大戦における敗戦により、2度、植民地化、占領下に置かれ、西洋から日本が攻められましたが、結果、日本がゴールドの大量の産出国であったということで、国家を奪われることなく、大難を小難にすることができました。

また、未だに、このゴールドによる中央銀行ネットワークによる運用により、資金が作られ、その資金を、日本の産業育成のために資金提供されています。

まさに、これが、古くは、幕府の私財であり、現在における皇室の資金などと言われる橘資金の財源になっていると言えます。

当研究所では、明治の開国後から関係しているこの制度を活用して、日本経済の発展に寄与するために活動をしています。

最近は、明治維新で起こった歴史的事実につて、疑問を持ち、実際の歴史について追求する人も増えてきています。すなわち、理由なくして、簡単に倒幕されることなどなかったのです。その後、英国金融との関係強化によって、日本の近代化が進みました。また、英国金融と関係があったので、本制度も現在も継続して行っている案件になります。

ここまで説明をすれば、理解できたかと思いますが、この資金は、現日本政府が持っている資金ではないことが理解できると思います。旧幕府から関係する私財を英国金融によって運用された資金が提供されています。すなわち、旧幕府の私財が150年以上の月日が経っても、未だに、日本を影で支える財源になっています。

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